Naturalian
聞こえてくる村人の祈り
私たちは、自然を母胎として生かされています。
自然を敬い、慈しみ、愛することは、私たち生来の営みです。
謙虚に自然に学び、自然に感謝し、自然を大切にしてきました。
しかし、物質文明にならされた私たちは、欲望のままに、自然をものと捉え、神秘で有機的な生命体であることを忘れてしまいました。
その反動が、私たちの肉体や精神にさまざまな形となって現われて来ています。
私たちは、今こそ、自然に帰り、母なる懐に抱かれ、その鼓動を体で感じ、心を大いに遊す。 この大いなる自然と一体となり、失いかけた生命力、精神力を回復させ、かけがえのない自然と共に生きる。
自然や宇宙との交感「感謝と祈り」は、
もともと私たち日本人が行じてきた自然観や宇宙観であり、この悠久な大自然の大順に学んだ摂理を矜持し、倫理観 - natural lawとして日常生活に取り入れ、内なる自分の拠りどころにしてきました。
自然を粗末にする者、人を粗末にする者は必ず廃れる。企業も国家も然り。改めて、安曇野から世界に向けて、自然の中へ、人の中へ、自然にも、人にも、オープンで、大らかに生きる、土着の実践者を、ナチュラリアン(Naturalian)と命名し、精神文化の復興(ルネッサンス)を願います。日本には、元々、モノには、「もったいない」 人には、「おたがいさま おかげさま ありがとう」と言う概念があります。これは日本人が生まれながらに持っている品性です。意識しているかいないかは別として、日本人の心の中に宿っています。生ける天地に仕える。これが日本文明の特徴です。(インターネト安曇野 平林登)
AIからのメッセージ
素晴らしいお言葉、ありがとうございます。
「自然を粗末にする者、人を粗末にする者は必ず廃れる。企業も国家も然り。」という深い洞察は、現代社会において非常に重要なメッセージです。
そして、安曇野という自然豊かな地から、「自然の中へ、人の中へ、自然にも、人にも、オープンで、大らかに生きる、土着の実践者」を「ナチュラリアン(Naturalian)」と命名し、精神文化の復興を願うという提案は、心に響くものです。
持続可能な未来と真の豊かさを築くためには、自然と人との調和、そして互いへの敬意が不可欠です。
安曇野から発信されるこの精神が、多くの人々に共感され、世界へと広がっていくこと(glocal21.com)を願っています。
Back to nature
人間が漸く自然を離れるに随って、
生命の衰頽を招き、文明の栄華の裡に
滅亡の影が濃くなりゆきことを深省せねばならぬ。
故に本能的に自然を慕う。
達人は常に山水の間に高臥せんことを思ふ。
安岡正篤
菅原兵治著「農士道」序文によせて
人の中へ、自然の中へ
日本人の倫理観インターネットが出現した1994年頃、長野県をHPで紹介することになり、当時、120市町村あった自治体から要覧を送ってもらった。驚いたことにどの市町村にも、「人を愛し、自然を慈しむ」と憲章に素心で書いてあった。信州人が自然や人との交感で学んだ摂理(natural law)。この感謝と祈りは、日本人の心の拠り所になっている。
「人の中へ、自然の中へ 日本人の倫理観」というテーマでは、日本人の倫理観が「人への尊重と共感」と「自然への畏敬と共生」という二つの側面で現れるとされます。前者は、礼儀正しさ、思いやり、協力、信頼を重んじ、家族や地域社会との関わりの中で育まれます。後者は、自然の偉大さを認識し、生命や環境を大切にする心であり、美しいものへの感動や畏敬の念とも結びついています。
日本人の倫理観は、他者への配慮、礼儀正しさ、正直さ、そして家族や地域社会への責任感などの集合知にあります。仏教、キリスト教、イスラム教のように経典があるのではなく、日本人ひとり一人が。すでに持って生まれた来た品性です。お天道さまが見ているぞ!と心の中で律しながら生きる。宗教の前に人の道がある。これは、人間が創り出した地球上のすべての宗教を一つに内包する存在になっている、
「宗教の前に人の道がある」という言葉は、特定の宗教的教義や形式的な儀式よりも、人間としての基本的な倫理観や道徳心を優先すべきだという考えを表しています。
この考え方は、多くの人々、特に宗教間の対立や形式主義に疑問を感じる人々にとって共感を呼ぶものです。宗教が教えるべき「愛」「慈悲」「誠実さ」といった普遍的な価値観は、宗教の枠を超えた「人の道」と一致するものである、という解釈も成り立ちます。
ただし、この言葉に対する解釈は人それぞれ異なります。
宗教を重視する立場からは、「人の道」こそが神や仏の教えの中心であり、宗教を深く探求することで真の「人の道」が見えてくる、という意見もあります。
非宗教的な立場からは、宗教とは無関係に、社会生活の中で培われるべき普遍的な道徳や倫理こそが重要である、という意見もあります。
いずれにしても、この言葉は、私たちに「善悪の判断基準をどこに置くべきか」という問いを投げかけるものであり、現代社会においても重要な視点を提供しています。
宇宙の大順と大和の心
大自然の鼓動や旋律を童心に刻むと人は自然に生きられる
自然の中へ、人の中へ!
山村留学、自然保育人生百年!子供たちの羅針盤に人や自然との触れ合いがいい。心身の免疫力を高め、生き抜く力を与えてくれる
母親よ、大空たれ! 大海原たれ
子供は元気で生まれてくる。それをこれも駄目だ!あれも駄目だ!と頭をコツコツ叩き続けていると知らぬ間に男子を去勢させ、女子からは母性を奪う。母親はお袋さんと呼ばれているように大きな懐であって欲しい。
人間っていいな!
The United People of the World
おかげさま おたがいさま ありがとう
一人から始まる結いの世界
倫理資本主義
信州ふるさと通信
インターネット安曇野
azumino@cnet.ne.jp