1 仁科33番札所めぐり
庶民の観音に対する深い信仰から、観音を祀る霊場を巡拝することは、古くから行われた。巡礼の最初は、弘法大師(空海・774〜835)の遺蹟88ヶ所(四国全域)の遍路からはじまり西国・坂東・秩父の百観音巡拝に及んでから信濃33番札所や信前・信中・信後の札所を合わせた100番札所めぐりが行われた。この地方でも宝歴7年(1757)、弾誓寺10世の住職、覚阿上人によって「仁科33番詠歌」(上仲町栗林士郎文書)が上梓され、市中に配られた。
詠歌は、札所を巡礼する善男善女が、札所の縁起や仏道の悟りを讃仰して謳う巡礼歌である。以下、前出の栗林文書によって仁科33番札所の詠歌を紹介しよう。
仁科33番順礼詠歌
1番 大町・王子 熊野勧請権現社地
ただたのめたのめばすぐに 御仏の国に
みちびく法のちかいを
み熊野をここにうつして 世をまもる
神と仏のめぐみ尊き
2番 大町・弾誓寺 天台宗
ただたのめたのめばすぐに 御仏の
国にみちびく法のちかいを
3番 大町・妙喜庵 禅宗
笑みのまゆひらくさとりも 此寺の
妙なるのりの花にこそ見れ
4番 大町・西岸寺 浄土宗
苦しみの海をわたして かのきしに
着くはちかいのふねとこそきけ
5番 大町・大年寺 禅宗 此所仁科桜有
みちとせの末ともいわじ 御仏の
のり(法)のよはい(齢)のはかりなければ
6番 大町・青柳寺 禅宗
吹く風にまかせてなびく あおやぎ(青柳)の
すがたにならえ人の心も
7番 大町・天正院 禅宗 此所仁科殿城跡也
名にしおうむかしのあとの しるしとて
今も御法の杉たてるかな
8番 高根村・了端庵 此所仁科殿猿楽舞台跡有
これや世のたからの池か ちまち田に
わくるいおり(庵)ののきの下水
9番 野口村・東陽院 禅宗
身をわくるのりのひかりを それとみよ
秋の野口の八千草の露
10番 大出村・三川堂
身のはてのわたりゆくちょう みつせ川
名を聞くさえも袖は濡れけり
11番 駒沢村・大沢寺 禅宗
ふだらくの(補陀落)山とやいわん 八つのみね
ひらく御法の大沢の寺
12番 借馬村・海岳院 禅宗 此村の中に磯禅尼墓有
海山の遠きさかいも 一すじに
ねがえばちかき法の道しば
13番 木崎村・三橋堂
彼の岸に至る希いも みつの橋
渡す御法の道をたずねて
14番 森村・福聚堂 此所仁科殿城跡也
父母の深き恵みを 唯も皆
汲みて知るらん森の池水
15番 青木村・堂崎
今ここに新たに建てし 堂崎や
昔に還える池の小波
16番 海之口村・海口庵 此間文水村二仁科五郎信盛の社有
打ち寄する浪のひびきも 海の口
ひらく御法の声かとぞ聞く
17番 大町くるみ原・夕陽庵
此寺の入日の影をみてもなお
願う心ぞ西にかたぶく
18番 大町・霊松寺 禅宗 十景有同詩序有
山高み松吹く風も 此寺の
みのりの声のよそにやはきく
19番 松崎村・牛立 此所静御前守本尊薬師如来、外に勧世音を安置す
我ねがい三つの車の 牛立や
法得て広き道にあそばん
20番 木舟村・浄福寺 浄土宗
石はしる高瀬の水は たかけれど
こえて木舟の山もとの寺
21番 常光寺村・滝の入 滝見勧世音 厳に彫付け有
棲む龍のさしくる玉か 滝津瀬の
岩に砕くる浪の光は
22番 藤尾村・覚音寺 禅宗
紫の雲の台(うてな)か 咲きかかる
藤尾の寺の花の盛りは
23番 平出村・成就院 禅宗
枯れし木に花咲く誓い あるものを
希う心のひらかざらめや
24番 宮本村・神宮寺 真言宗 此所神明御社有
神がき(垣)もいかで隔てん 永き世の
闇路を照らす法の月影
25番 曽根原村・盛蓮寺 真言宗
濁る世に染まぬ心は この寺の
清き蓮(はちす)の色香ならまし
26番 池田町・浄念寺 浄土宗
彼の国を希う心や 至るらん
ここを去るごと遠からずして
27番 池田町・林泉寺 真言宗 仁科殿祈願所也
影高き法の林の 木がくれに
出ずる泉の水ぞ涼しき
28番 池田町・観音堂
頼もしな田の面の稲葉 分け過ぎて
秋の稔りの寺にゆく身は
29番 松河村・蓮盛寺 真言宗
咲きて散る憂さもあらじな 法の庭
清き蓮の花の盛りは
30番 松河村・観勝院 禅宗
世の人を奨むる法の 数えより
外に勝れる道はあらじな
31番 清水村・清水寺 禅宗
有明の山の高嶺の 月晴れて
流るる影も清水の寺
32番 仏崎村・窟 窟に仏像有
身を捨てていらずば知らじ 仏崎
法(のり)の窟(いわや)の深き心は
33番 大町南原・六角堂
巡りこし御寺も三十三(みそじ) 南原
千種の罪も露と消えなん
(上中町 栗林士郎家文書)
注
(1) 変体がなは現代かな使いに改めた。
(2) かなで表記した部分を読みやすくするため漢字をあてはめた。
信州ふるさと通信
インターネット安曇野
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