おつるぎさんのまつり(おつれんさん)


4月15日 11月20日
若穂保科在家 剣権現八幡社石祠前 当番の家
組 織   在家上組11軒 引沢2軒
御利益   隣組の親睦
古文書   大正5年5月 大火により焼失する 大正7年からの祭典当番帳がある
石像石塔  石祠あり

 崇拝対象は剣権現八幡大神である。
朝6時から7時まで当番以外全員で山道の清掃をし、石祠に紫色の袴を飾りつける。紅白の吹き流しを公民館前に立てる。
 出席者は清水寺の住職他13名で、勤行はない。供物は三つ置く(きんぴら、芋の煮物、いかの佃煮)赤飯、御神酒など。
 午後2時に当番の家へ集合し、床の間に供物と石祠につける切り替えしを奉納する。拝礼(二礼二拍手)をし般若心経を読み、後は夕方まで直会をする。
 永禄4年(1561)の川中島合戦の際、上杉謙信が馬越背峠を経て越後へ落ちのびる時、蓮花二百番地、竹本鹿条氏の耕作地に祠があり、そこへ謙信が剣を奉納し戦勝祈願をしたといわれる。
 これが発端となり、近くの住民が毎年春秋2回祭典をし、住民同志の親睦を深め合ってきた。日取りは当番の都合のよい日とする。
 その後、この八幡社剣大権現を人家の多い現在地へ移し、変わらぬ祭祀を行っている。
          (昭和60年11月23日・春原忠直氏他)

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信州ふるさと通信
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