善光寺平のまつりと講 序文 

 
  本書は長野市内およびその周辺に居住する、ご婦人方からなるグループ「郷土を知る会」のメンバーが、1981(昭和56)年から1988(昭和63)年頃まで、数年間をかけて市内の神社や寺院、あるいは集落で行われていた祭礼や神事を自らの足で取材し、それらの実態を克明に記録されていたものをもとに、新たに一般向きにわかりやすくまとめられたものである。本書をひもとくことによって、長野市内の主要な伝統行事の概要がたちどころにわかる、大変便利なハンドブックができたことを喜びたいが、本書の意義は、特に次のような2つの点に集約できるのではないかと思う。
 ひとつは、何といっても「郷土を知る会」の活動そのものに関してである。このグループはすでに、1977(昭和52)年から1983(昭和58)年にかけて、全5冊からなる『長野市の石造文化財』という労作を世に問われている。これは長野市教育委員会から刊行された点からもうかがわれるように、学術的にも極めて優れたお仕事で、今日、市内の庚申塔や石仏などの所在を調べる際には、どうしても目を通さなければならない必須の文献となっているが、本書の上梓はこれに次ぐ快挙というべきものである。うかがうところでは、この会の発足したのは1965(昭和40)年というから、今日まで30年以上の長きにわたって地道に活動を続けられてきたわけである。
 今でこそ、生涯学習という言葉が盛んに使われ、また女性を対象にした各種のカルチャー講座が活況を呈するようになった。しかし、60年代半ばといえば、高度経済成長に伴う、いわゆる消費革命によって、女性の社会進出が目立ち始めた時期とは言え、地方都市や農村部においては、まだまだ家庭をもたれた婦人がそうした活動に従事するには、何かと制約の多かった時代であったはずである。そのような中にあって、いちはやく地域文化の見直しを始められた、このグループの先見性には頭の下がる思いであり、また、それを継続され、今また本書のような成果をまとめられるに至った、強靭なパワーには心から敬意を表するものである。
  ふたつ目は、内容に関することだが、本書に取り上げられた祭礼神事の中には、すでに行われなくなっていたり、そうでなくても簡略化されたり、行事の日時や担い手が大幅に変えられてしまったものも少なくない。したがって、本書は実は単なるガイドブックではなく、そうした先人の残し伝えた伝統行事の、かつての姿を復元的に知るための、貴重な資料としても役立ちうるものである。時の流れとともに古い伝統行事や慣習はいつしか消え去り、それぞれの時代にマッチした新しい文化が創造されるという見方も当然あろう。
 しかし、私などははたしてそれでよいのか、という思いが一方で起こるのを禁じ得ない。地域文化の崩壊は子供たちの社会にも深刻な影響を与えていると思われるからである。神社を例にとっても、本書から知られる通り節目節目の行事には、かつては子供たちが重要な役割を担ったのであり、またそればかりではなく、普段でも鎮守の森は日暮れまで、面子や鬼ごっこなどの遊びに打ち興じる場であった。今日、後者のような光景を目にすることは至難の術であろう。言うまでもなく、過熱した塾通いやフアミコンなどのゲーム機器の普及が、一因となっているわけだが、実はこのことが現在もっとも大きな社会問題化しつつある、いじめ・不登校といったこととも、全く無関係であるとは私には思われないのである。そうした意味で、今日かろうじて伝承されている行事を、本来の姿で何とか後世に残してほしいという思いに切なるものがあるが、それには、まずそれぞれの伝統行事の内容をよく知ってもらうことが大事であり、本書がそのための手引きともなれば幸甚これにすぐるものはない。
 ところで、本年は長野冬季オリンピックが開催される記念すべき年である。自然保護の問題などで、招致段階から何かと話題にこと欠かなかったが、1校1国運動に見られたような、子供たちを中心とした国際交流が今後実を結べば、オリンピック招致の意義は決して小さくないであろう。国際化とは単に海外旅行をしたり、ブランド品を身に付けることではなく、自国の文化を再認識することであると思うが、オリンピックを機に長野と世界の子供たちが相互に行き来するようになり、そして、いつか長野の伝統行事のことが本書をもとに説明されたり、あるいはともに祭りに参加するようなことがあるとすれば、想像しただけでも楽しい。
 縁あって序文の執筆を依頼されたが、メンバーの方々からすれば、親と子ほどの年齢差のある私などが、僭越な言辞を並び立てることになって恐縮している。いずれにしても、本書が多くの人々によって末永く活用されるとともに、「郷土を知る会」がさらに一層の発展をされることを祈念して、序に替えさせて頂きたいと思う。
         1998年1月
                       牛山佳幸


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