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新・信州人倶楽部


▲▲▲ 新・信州人倶楽部報 ▲▲▲



第47号

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〜安曇野に憧れて〜


塩谷 憲子


 今から9年位、遡った頃でしょうか? その頃の私は体力にも自信がありましたし、本来の仕事好きという性格もあって二つの仕事を持ちながら都会暮らしを結構楽しんでいました。ある日、仕事の帰りに東京の渋谷の雑踏の中を歩きながら、ふっと思いました。「このまま季節感を感じることもなく都会で暮らして年老いていくのかなあ…なんだか虚しくて淋しいなあ…」まだまだ若いつもりでも、疲れがたまっていたのかもしれません。


 その時から都会脱出を真剣に考え始めました。本屋で手にとった雑誌に載っていた1枚の写真に強く惹きつけられました。信州の池田町の北アルプスと安曇野の風景でした。安曇野の風景は私の心に強く焼きつき、将来は山の見えるところで暮らしたいと思い始めました。思い立ったら即、行動の私は週末に夫の運転する車で土地探しを始めました。安曇野にも何回か行きましたが条件に合う土地に巡り合うことはできませんでした。

 そのうち母の突然の死と父の介護で田舎暮らしは夢となり、8年の歳月が流れました。インターネットで信州の情報を検索していて、新・信州人倶楽部を知りました。「信州で暮らしませんか?」の本を購入して繰り返し繰り返し読みました。一人一人の信州への想いが文章からビンビン伝わってきました。私も仲間に入りたいと思いました。

 そして今やっと田舎暮らしの夢が実現しようとしています。私が憧れた安曇野に3月に引っ越します。私を決断へと導いてくださった新・信州人倶楽部の皆様に感謝しています。ライフポート安曇野様のご尽力で家を借りられることになりました。毎日、引越しの準備に忙殺されながら、心は安曇野に飛んでいます。

 夫と私は学部は違いますが、学生時代のサークルの同期です。同期の仲間は仲が良くて、ある会を作って集まっています。メールで安曇野への移転を知らせましたが、反応は結構おもしろかったです。「そんな雪深いところへ引っ越して孤立したらどうするの?」には夫と笑ってしまいました。
最近は田舎暮らしに関する本も増えていて時々“田舎への移住を決断できる人、できない人”というテーマの記事を見かけます。田舎に求めるものは個々人で当然違うでしょうが、自分の望む条件のいくつかが満たされていればOKとすべきだと思います。心が熱いときに行動に移すこと、これが決断の秘訣だと思います。

 私が安曇野に求めているもの…きれいな空気、はっきりした四季の移り変わり、北アルプス、さわやかな風、星空、清流、花、草、雲、小鳥、地元ならではの食材・・・まだまだ沢山ありそうです。でももしかしたら一番期待しているのは都会では得られない心の触れ合いかもしれません。期待し過ぎてはいけないこともわかっています。自分からまず与えなければなにも得られないこともわかっています。私自身、社交的な性格ではありません。でも人間は好きだしおもしろいと思っています。田舎に暮らしている人はどうしてあんなに好い顔をしているのでしょうか?都会では見られない表情の人が田舎には大勢います。私もあんな好い顔になりたいと思います。なぜ田舎の人は幸せな顔の人が多いのか、安曇野に住んでその答えを得たいと思います。

 団塊の世代より1年早く生まれた夫と私は自然の中でやすらぎたい、だけど自分の好きな仕事も続けたいと思っています。もちろん悠々自適に暮らせる経済的余裕はありませんから働きますが、田舎には都会にいてはできない働き方があるのではと思っています。よく「どんな風に年をとりたいの?」と聞かれて「かわいいおばあちゃん!」と答える人がいますが、私は一度も「かわいいおばあちゃん」になりたいと思ったことはありません。私の理想は「いじわるばあさん」です。それは半分、冗談としても私がなりたいのは「稼ぐおばあちゃん」です。80歳、90歳になってもシャキシャキしていてバリバリ(?)稼ぐなんて素敵ではありませんか。都会よりも田舎に暮らしたほうが「稼ぐおばあちゃん」になれる確率は高まると勝手に思い込んでいます。好きな仕事をして稼ぎたい、そして私が働くことによって周りの人を幸せにできたらというのが私の夢です。

 では具体的に何をするのか?アイデアはいくつかあります。憧れの安曇野で暮らせるのですから、安曇野でなければできないこともやりたいと思います。この道一筋という生き方も素晴らしいけれど、ひとつにこだわらず、やりたいことは同時にいくつもやったらいいんじゃないかと思っています。人の心は変わるもの、そのときそのときに熱中できるものが仕事になったら最高です。インターネットとパソコンは大きな力になりますし、パソコンのない生活は考えられません。パソコンを使いながらアナログも融合していけば可能性は広がると思います。

 都会を離れて好きな場所で好きな仕事をして、家族との生活を大事にして収入も沢山ある人は珍しくありません。その人たちに共通しているのは、行動力と決断力だと思います。

 人間の能力は多分それほど大差はないと思うので、岐路に立ったときに決断できて行動に移せるかどうかの差は大きいと思います。その時にベターな決断をくだせるかどうかは、日頃の生き方次第だと思います。別に机に向かって勉強していれば良いということではなくて、日常生活に流されることなく感性を磨いて、柔らかい心を持ち続けることが大切ではないでしょうか。柔らかい心とは「気付く心」だと思っています。同じことをして、同じものを見ても「気付く心」があればヒントを得て学びがあります。
今の私には都会よりも田舎で暮らしたほうが柔らかい心を保てるという確信があります。私は安曇野での生活を選びました。夢もあります。その夢を現実のものにできるように日々を過ごしていきたいと思っています。



 

〜みたぼら通信〜


伊豆 光男

第355号 2005雨水
 伸びた日差しが、北側の押入れの中まで入り込む。冬の間、窓ガラスに模様を書いていた氷も、すっかりつかなくなった。庭の土を持ち上げて、最初に芽を出すチューリップ。山羊の親子がやってきて食べた。花は咲かないかもしれない。

 家の中で飼っている犬も、我が家にきてから早くも7年、年齢は14歳。茶色の犬だったのに、だいぶ白っぽくなり、このごろ後ろ足がもたつくようになった。一年ほど前から散歩のときに、後ろ足を引きずる。家に上がるときに足を洗うのだが、片足を持ち上げる時、よたよたと腰砕けになる。三本足でしっかりと立てなくなってきた。餌をもらうとき以外は、コタツの脇か、ストーブの前で寝ている。以前のようにボールで遊ぶことはしない。

 年のせいか、夜中にトイレにでかけるようになり、女房殿を起こす。朝、外に出てみると、玄関の前や庭の通路に落し物がしてある。以前は裏の山の中に出かけていって用を足していたのに、無精にもなってきた。目も悪くなっているのか、家の外で家族にほえたりする。そうとう近づかないと見えない。「来い」といっても聞こえないふりをしてこない。

 飼い主が甘いので、ご飯の前の「待て」もしなくなった。もう年だし、食べるほかに楽しみも無いのだから…食べるときだけ元気になる、少し太り気味のラブラドール。「老いるってこういうことなんだな」犬に教えてもらっている。(光男)

 NHKの通信高校に学ぶはる菜に、進級試験の時期が来た。名古屋の大谷高校が受験場所、朝の高速バスでは間に合わないので、前日夕方に駅前のホテルに私と宿泊。留守を夫とより夏に任せる。より夏いわく、「うちは、わしとお前のふたりだけ」。大滝秀夫の物まねに笑ってしまう。(光枝)

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第356号 2005啓蟄
 すべてのものが大地の中で動き出す用意をしている。土手の土をいのししが上から掘り、モグラが下から掘る。草の芽が下から、お日様が上から春を掘り出す。何も植えていない畑のうえに長靴の跡がつく、土の中から春のにおいが立ち昇る。

 山羊の春。我が家のオスは私だけ、昨日あたりから山羊の発情が始まり、メーメーと私のほうを見ては啼く。農道にいるときも、梅林にいるときも、私を見かけてはメーメーと啼く。いつもは小屋の中で寝るのに、夜中に我が家の窓の外に来てメーメーと啼いていた。「安眠妨害だからなんとかしてよ」もう一月後の発情のときに種付けをしようとおもっていたのだが、あまりにしつこく啼くので種付けに出かけた。

 気ままにあちこち散歩しているので、紐をつけて引っ張っても動かないので、いつものように車の上に抱きかかえて運んだ。飯田の山の中まで1時間ほど、私の腕の中に山羊の匂いが微かに残った。七夕のころにはまた子山羊が生まれる。

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第357号 2005春分


 ふきのとうは蕾のような、淡い緑の芽を出す。梅の花の香りにも、山の木々は目を覚まさない。暖かな日差しの日には、蜂も飛ぶようになった。「もう芋は植えたか」農夫の立ち話も春の農作業の話。

 ここ数年、狐の被害がなかったのに、今年は頻繁に狐が現れ鶏を盗んでいく。しばらく被害がなかったので、網は十分な強度があるものと思い込んでいたのに、度々の被害。今朝も鶏舎にいくと鶏が十羽ほど外出している。扉があいていたのか、網が破られたのか…と小屋の前に進むと羽が飛び散っている。網にくっついて寝た鶏が一羽、被害にあったのだ。持ち出されてあいた隙間から鶏が散歩に出ていた。狐が入り込むほどの穴でなくて良かった。中に入り込むと一部屋全滅になる。鶏舎に犬がいるのだが、歳のせいか狐にほえない。犬はもっぱら「餌よこせ。散歩につれていけ」と私に吠えるだけである。ペンチと針金を持ち歩いては網の補修をする。(光男)

 進級試験を受けたはる菜は、無事合格、より夏も通信高校に進学すると決めたので、4月からはいよいよ家族全員で鶏を飼います。みなさん、どうぞ応援してください。なにしろ、給料の中から学費はじめ賄いを自分ですることにしていますので、貰う娘も払う私たちも頑張るつもりなのです。(光枝)


編集後記

 4月から個人情報保護法が施行され、情報管理の徹底が求められています。名簿の流出が原因で、「振込め詐欺」等の犯罪に巻き込まれるケースも増えているようです。法の施行を受け、今年度より会員名簿の送付を年1回に減らすことにしました。新しい名簿の管理だけでなく、古い名簿を捨てる際にも、細かく破く等の配慮を心がけたいですね。(宮)

 「春眠暁を覚えず」とはよく言ったもので、春になるとなかなか布団の中から出られなくなります。いえ、冬は冬で「寒いのイヤだ」なんて言っては温かな毛布から抜け出せずにいるので、単純に私が不精者なだけのことかもしれませんが……。とはいえ、気温に関して言えば屋外で活動しやすい季節になったことは確かなわけで、ポカポカ陽気の日などは弁当をさげて山へハイキングに出かけたくなります。そろそろ夏山登山の準備も始めなくては、ですね。(高)

 波田町の安養寺のしだれ桜を見てきました。今年はちょうど見頃だったのですが、なんと境内に深々と立ち並んでいた、杉の大木群が全て切られていたのです。遠くからは桜は見やすくなったものの、コントラストというか、あのしっとり感が無く、趣ががらっと変わってしまいました。
 毎年チョウゲンボウが営巣することでも知られていたのですが、これではもうダメでしょう。
 それでもいつものように、本殿の椅子に座り、抹茶とお団子を頂き、しばしゆったりの気分でした。ここのお団子はいつも美味しいのですが、今回初めてお土産用を求めて確認したら、波田町のお団子屋さんではなくて、京都は中京区夷川通りにある「豆政」の「すはまだんご」であることが分かりました。説明によると、だんごは大豆の粉で作られたとあり、その香ばしさに納得。抹茶にとても良く合います。(中)

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